主をば誰とも分かず春はただ
垣根の梅を尋ねてぞ見る
- 歌の意味
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家の主が誰であるかは見分けもせず、春はただ垣根の梅を尋ねて見るばかりである。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 42
詞書「垣根の梅をよみ侍りける」
人の家の垣根に咲く梅を詠む歌である。花を訪ねる自分の振る舞いを、春という季節の振る舞いのように言いなす。詞書によれば「垣根の梅」を題として詠まれた。
作者の「藤原敦家朝臣」は平安時代後期の歌人である。
場面は梅の咲くころ、場所は人家の垣根である。
直接の契機は「垣根の梅」の題による詠である。
初句
二句「主をば誰とも分かず」は、その家の主が誰なのかを確かめようともしない、の意である。「をば」は「をは」の濁った形で、強調を含む目的語の提示になる。
三句「春はただ」で主語が春に据えられる。実際に垣根を訪ねているのは人であるが、それを春の仕業として言う擬人法である。
四句
五句「垣根の梅を尋ねてぞ見る」の「ぞ」は係助詞で、「見る」の連体形が結びとなる。花だけを目当てにして、家や人には関心を向けないという態度が示される。
人の家の梅に心を寄せるという趣向は、次の第四十三首の「誰が袖よりか」とも通じる。垣根の内と外、主と客という関係を意識しながら、花だけを見るという構図がここで用意され、以後の梅の歌に引き継がれていく。
あるじ:家の主人
わく:見分ける。区別する
- 作者
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藤原敦家
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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