古典和歌stream

梅の花飽かぬ色香も昔にて
同じ形見の春の夜の月

歌の意味
梅の花の、見飽きることのない色も香も昔のままで、同じ形見であるこの春の夜の月よ。
鑑賞
巻第一 春歌上 47

詞書は前の歌に続き「千五百番の歌合に」
 梅の香と月を取り合わせる四首目で、この主題の一連を結ぶ。前歌と同じ千五百番歌合の詠で、同じく業平の歌を本歌としながら、こちらは変わらないものの側に立って詠む。原文では詞書が改めて記されていない。
 作者の「皇太后宮大夫俊成女」は藤原俊成の孫で、その養女となった女性である。父は藤原盛頼、母は俊成の娘である。後鳥羽院歌壇で活躍し、『新古今和歌集』に二十九首が入集している。
 場面は梅の咲くころの夜、場所は特定されない。
 直接の契機は歌合への出詠である。
 本歌は在原業平の「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」(『古今和歌集』恋五)である。

 初句
二句「梅の花飽かぬ色香も」の「飽かぬ」は、いくら見ても満ち足りない、の意である。色と香を並べ、視覚と嗅覚の両方を挙げている。
 三句「昔にて」は、昔のままであって、の意で、断定の助動詞「なり」の連用形に接続助詞「て」が付いた形である。
 四句「同じ形見の」の「形見」は、思い出のよすがとなるものをいう。第十四首でも用いられた語である。梅も月も、過ぎた日を思い出させる同じ品だという捉え方である。
 結句「春の夜の月」は体言止めで、第二十三首
第四十首と同じ結句である。本巻でこの結句は三度目となる。
 業平の歌は月も春も昔と同じではないと嘆くものであったが、この歌はそれを裏返し、色も香も月も昔のままだと言う。変わらないと言い切ることで、かえって変わってしまった自分の側が浮かび上がる仕組みになっており、本歌の嘆きは否定されずに残されている。

あかぬ:いくら見ても満ち足りない
かたみ:思い出のよすがとなるもの
作者
藤原俊成女
出典
新古今和歌集
その他の歌