- 歌の意味
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帰る雁の、今はこれまでという心のままに明ける有明の空に、月と花という名が惜しまれてならない。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 62
詞書「百首歌たてまつりし時」
帰雁の一連の五首目で、この一連を閉じる。去っていく雁に対し、この国に残る月と花の名が惜しいと詠む。原文では作者名が改めて記されておらず、前の歌と同じ作者が続くことを示している。詞書の「百首歌たてまつりし時」は正治二年の正治初度百首を指す。
作者は前歌に続いて藤原良経である。
場面は春の明け方、有明の月の残る空である。
直接の契機は百首歌の詠進である。
初句「帰る雁」で対象を掲げ、二句「今はの心」で第五十八首の「今はとて」を受ける。「今はの心」は、もうこれまでという思いをいう。
三句「有明に」の「有明」は、夜が明けてもなお空に残る月である。雁が去る時刻がここで定まると同時に、下の「月」を導く語にもなっている。
四句「月と花との」で、この国に残されるものが二つ挙げられる。雁が去った後もここにある美しいものである。
結句「名こそ惜しけれ」の「こそ」は係助詞、「惜しけれ」は形容詞の已然形で結びとなる。月と花という名が惜しい、というのは、それほどのものを見ずに去る雁への惜しみであり、同時にその名に恥じぬものを残したいという心とも読める。
帰雁の一連は、雁の心細さ、聞く人の涙、夜の声、秋への呼びかけと展開し、この歌で去る側と残る側の対比に落ち着く。次からは春雨の一連に移る。
いまは:もうこれまで。最後という意
ありあけ:夜が明けてもなお空に残る月
- 作者
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藤原良経
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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