つくづくと春のながめの寂しきは
しのぶに伝ふ軒の玉水
- 歌の意味
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つくづくと春の長雨を眺めていて寂しいのは、忍ぶ草を伝って落ちる軒の雫である。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 64
詞書「閑中春雨といふことを」
ここから春雨を主題とする一連が始まる。この歌は雨の音と雫という、静かな一点に寂しさを見いだす。詞書の「閑中春雨」は、静けさの中の春の雨、の意である。
作者の「大僧正行慶」は行慶(一一〇一〜一一六五)である。平安時代後期の僧で、大僧正に至った。
場面は春の長雨のころ、場所は軒の下である。
直接の契機は「閑中春雨」の題による詠である。
初句「つくづくと」は、じっと、しみじみと、の意の副詞である。
二句「春のながめの」の「眺め」は、物思いにふけって見ることであるが、「長雨」と同音であり、両方の意が重ねられる。春の長雨を眺めて物思いにふける、という二重の意味がここに置かれている。
三句「寂しきは」で、寂しさの正体を問う形が示され、下の句で答えが出される。
四句「しのぶに伝ふ」の「忍ぶ」は軒などに生える忍草である。同時に「偲ぶ」の音を含み、過ぎたことを思う意が響く。
結句「軒の玉水」は体言止めである。「玉水」は玉のように美しい水の滴で、第三首の式子内親王歌の「雪の玉水」と同じ語である。雪解けの雫であったものが、ここでは雨の雫となっており、季節の進行が同じ語によって示されている。
ながめ:物思いにふけって見ること。「長雨」と同音
しのぶ:軒などに生える忍草。「偲ぶ」の音を響かせる
たまみづ:玉のように美しい水の滴
- 作者
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行慶
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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