薄く濃き野辺の緑の若草に
跡まで見ゆる雪のむらぎえ
- 歌の意味
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薄く、また濃く見える野辺の緑の若草に、跡までもはっきり見える、まだらに消え残った雪よ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 76
詞書は前の歌に続き「千五百番歌合に春歌」
柳の一連を離れ、野辺の若草と残雪を詠む。第四首の経緯でも触れたとおり、この歌は宮内卿の代表作の一つで、「跡こそ見えね」と詠んだ第四首と対をなす。原文では詞書が改めて記されていない。
作者の宮内卿は本巻では第四首に続く二度目の登場となる。後鳥羽院に仕えた女房歌人で、若くして世を去った。
場面は早春、場所は雪の残る野辺である。
直接の契機は歌合への出詠である。
この歌により宮内卿は後鳥羽院から高く評価されたと伝えられる。
初句「薄く濃き」は、薄いところと濃いところがある、の意である。若草の生え方が一様でないことを、色の濃淡として捉えている。
二句
三句「野辺の緑の若草に」で対象が定まる。緑の濃淡が示された後で、下の句にその原因が明かされる。
四句「跡まで見ゆる」は、消えた跡までもが見える、の意である。雪が厚く残っていた場所は草の伸びが遅く、薄く残っていた場所は早い。その差が緑の濃淡となって地上に残っている、という観察である。
結句「雪のむらぎえ」は体言止めで、「むらぎえ」はまだらに消え残ることをいう。第十三首の教長歌にも用いられた語である。
第四首が「跡こそ見えね」と、見えないことによって春を言い当てたのに対し、この歌は「跡まで見ゆる」と、見えることによって過ぎた冬を言い当てる。同じ作者の二首が肯定と否定の形で対をなし、巻の前半と後半に置かれている。
うすくこき:薄いところと濃いところがある
むらぎえ:雪などがまだらに消え残ること
- 作者
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宮内卿
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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