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吉野山桜が枝に雪散りて
花遅げなる年にもあるかな

歌の意味
吉野山の桜の枝に雪が散りかかって、花の遅い年であることだなあ。
鑑賞
巻第一 春歌上 79

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 ここから桜を主題とする長い一連が始まる。その入口に置かれたこの歌は、まだ咲かない桜を詠む。詞書は前歌に続いて「題しらず」である。
 作者の西行法師は本巻では第七首
第二十七首
第五十一首に続く四度目の登場となる。桜を数多く詠んだことで知られ、吉野の桜はその代表的な題材である。
 場面は桜の咲くはずのころ、場所は大和国の吉野山である。巻頭の良経歌と同じ土地であり、巻の初めと桜の一連の初めが同じ場所で始まる形になっている。
 詠まれた直接の契機は伝わらない。

 初句
二句「吉野山桜が枝に」で場所と対象が定まる。「が」は連体を示す古い格助詞である。
 三句「雪散りて」の「散る」は本来花に用いる語で、雪に用いることで花との紛らわしさが生じる。第二十八首の重之歌が同じ言い方をしており、雪を花と見紛う趣向がここでも働いている。ただしこの歌では、雪が散っているのに花はまだ散っていない、という点が主眼である。
 四句「花遅げなる」の「げなり」は、〜のようすである、の意を添える。断定を避けた言い方で、まだ確かではないが遅そうだ、という気分を出す。
 結句「年にもあるかな」は「かな」の詠嘆で結ばれる。今年はそういう年なのだなあ、という、待ちながら受け入れる調子である。
 梅の一連が第三十九首の「花も匂はぬ春」から始まったのと同じく、桜の一連もまた花の不在から始められている。配列の上で同じ手順が繰り返されている。

が:連体を示す古い格助詞。〜の
げなり:〜のようすである。〜らしい
作者
西行法師
出典
新古今和歌集
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