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わが心春の山辺にあくがれて
長々し日を今日も暮らしつ

歌の意味
私の心は春の山のあたりへさまよい出てしまって、長い一日を今日もまた暮らしてしまった。
鑑賞
巻第一 春歌上 81

詞書「亭子院歌合歌」
 桜の一連の三首目である。前歌が花を待つ人の時間を詠んだのを受け、この歌は心だけが山へ出かけてしまい、身は動かぬまま日が暮れることを詠む。詞書の「亭子院」は宇多天皇の御所を指し、その歌合で詠まれた歌である。
 作者の紀貫之は本巻では第十四首に続く二度目の登場となる。『古今和歌集』の撰者で、その仮名序を執筆した。
 場面は春の日中、場所は作者の居所であるが、心は春の山辺にある。
 直接の契機は歌合への出詠である。

 初句「わが心」を主語として立てる。心を身から切り離して独立に働くものとして扱う言い方である。
 二句「春の山辺に」で心の行き先が示される。三句「あくがれて」の「あくがる」は、心が身を離れてさまよい出る意である。恋の歌に多く用いられる語であるが、ここでは花に向けられている。
 四句「長々し日を」は、春の日の長さをいう。日が長いだけに、暮らすまでの時間の空しさも大きい。
 結句「今日も暮らしつ」の「も」は、今日もまた、の含みで、同じことがくり返されていることを示す。「つ」は完了の助動詞である。
 前歌の隆時歌が待つうちに日数が過ぎたことを詠んだのに対し、この歌は一日の中の時間を詠む。日数と一日という長短の違いで二首が対をなしており、いずれも花を見ないまま時が過ぎる。

あくがる:心が身を離れてさまよい出る
ながながし:非常に長い
作者
紀貫之
出典
新古今和歌集
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