春にのみ年はあらなん荒小田を
かへすがへすも花を見るべく
- 歌の意味
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一年が春ばかりであってほしい。荒れた田を鋤き返すように、繰り返し何度も花を見ることができるように。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 89
詞書は前の歌に続き「題しらず」
桜の一連の十一首目である。一年が春だけであってほしいという願いを、田を返す動作に重ねて詠む。原文では詞書が改めて記されていない。
作者の源公忠(八八九〜九四八)は平安時代前期から中期の歌人で、三十六歌仙の一人に数えられる。
場面は桜の咲くころ、場所は荒れた田のあるあたりである。
詠まれた直接の契機は伝わらない。
初句
二句「春にのみ年はあらなん」の「のみ」は限定、「なん」は他に対する願望を表す終助詞である。一年が春だけであってほしい、という無理な願いから歌が始まる。
三句「荒小田を」は荒れた田である。第七十七首の好忠歌と同じ語で、二首が同じ素材を用いている。
四句「かへすがへすも」は、田を鋤き返すという意と、くり返し何度もという意の掛詞である。「荒小田」が置かれているのは、この掛詞を成り立たせるためである。
結句「花を見るべく」の「べく」は、〜できるように、の意で、上の願望の目的を示す。
田を耕す動作という日常の労働を、花を見たいという願いの言い回しに転用している。第六十七首が田仕事そのものを詠んだのに対し、この歌は田の語を比喩として用いており、同じ素材の扱いが異なる。
あらをだ:耕作されず荒れたままの田
かへすがへす:田を鋤き返す意と、くり返し何度もの意の掛詞
なむ:他に対する願望を表す終助詞
- 作者
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源公忠
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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