花にあかぬ嘆きはいつもせしかども
今日の今宵に似る時はなし
- 歌の意味
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花を見飽きないという嘆きはいつもしてきたけれども、今日の今宵に似た時はほかにない。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 105
詞書は前の歌に続き「題しらず」
花のもとで過ごす歌の二首目である。前歌が日を重ねることを詠んだのに対し、この歌は他に代えがたい一夜を詠み、時間の扱いが一日に絞られる。原文では詞書が改めて記されていない。
作者の在原業平(八二五〜八八〇)は平城天皇の孫で、六歌仙
三十六歌仙の一人に数えられる。『伊勢物語』の主人公と目されてきた。
場面は桜の盛りの夜、場所は特定されない。
詠まれた直接の契機は伝わらない。
この歌は『伊勢物語』にも見え、惟喬親王の交野での花見の場面に置かれている。次の巻の第百十四首で俊成が「交野のみ野の桜狩」と詠むのは、この場面を踏まえたものである。
初句
二句「花にあかぬ嘆きは」は、花を見飽きることがないという嘆き、の意である。「あかず」は満ち足りないことをいい、巻頭の第九十九首と同じ語である。
三句「いつもせしかども」の「しか」は過去の助動詞「き」の已然形、「ども」は逆接である。これまでも常にそうであった、と一度認めたうえで下に転じる。
四句「今日の今宵に」は、今日という日の、この今宵に、の意である。日と夜を重ねて言うことで、時が一点に絞り込まれる。
結句「似る時はなし」は打消による言い切りである。過去のすべてを引き合いに出したうえで、それらのどれとも似ていないと断じる形になっている。
前歌が日々の繰り返しを詠んだのに対し、この歌は繰り返しの中から一夜だけを切り出す。二首が時間の扱いで対をなしている。
あかず:満ち足りない。見飽きない
こよひ:今夜。今宵
しか:過去の助動詞「き」の已然形
- 作者
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在原業平
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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