- 歌の意味
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霞の立つ春の山辺で、桜の花が見飽きないうちに散ってしまうといって、鴬が鳴いているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 109
詞書「寛平御時きさいの宮の歌合に」
散る花の三首目である。散るのを惜しむ心を、人ではなく鴬に託して詠む。詞書によれば宇多天皇の御代に后の宮で催された歌合の歌である。巻第一の第六十五首の伊勢の歌も同じ歌合の詠である。
作者は「よみ人しらず」とあり、人名は伝わっていない。
場面は桜の散るころ、場所は霞の立つ春の山辺である。
直接の契機は歌合への出詠である。
初句「霞立つ」は春の景物を掲げて場面を定める。
二句「春の山辺に」で場所が示される。
三句「桜花」で対象が定まり、四句「あかず散る」で事態が示される。「あかず」は満ち足りないうちに、の意で、第九十九首
第百五首と同じ語である。この巻でくり返し用いられる語となっている。
四句「とや」の「と」は引用、「や」は疑問の係助詞で、結句の「鳴く」の連体形が結びとなる。そう言って鳴いているのだろうか、という推し量りである。
結句「鴬の鳴く」は、鳴き声に人の言葉を読み取る型であり、巻第一の第五十八首で寂蓮が雁の声を別れの言葉と読み取ったのと同じである。惜しむ心を自分では言わず、鳥に代弁させる形になっている。
あかず:満ち足りない。見飽きない
とや:引用の「と」に疑問の係助詞「や」が付いた形
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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