- 歌の意味
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再び見ることがあるだろうか。交野の御野での桜狩り、花が雪のように散る春の曙を。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 114
詞書「摂政太政大臣家に五首歌よみ侍りけるに」
花の香の一連を受け、ここから花見の場面を詠む歌に移る。この歌は交野での桜狩りの曙を思い起こし、再び見ることがあろうかと問う。詞書によれば良経の家で五首歌を詠んだ折の一首である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。本巻では第百首に続く二度目の登場となる。
場面は桜の散るころの明け方、場所は河内国の交野(現在の大阪府交野市
枚方市の一帯)である。交野は天皇の遊猟地とされ、禁野が置かれていた。
直接の契機は五首歌の詠出である。
本歌は『伊勢物語』に見える惟喬親王の交野での遊猟と花見の場面で、本巻の第百五首に置かれた在原業平の歌もその場面の歌である。同じ巻の中に、踏まえられた歌とそれを踏まえた歌とが並べられている。
初句「またや見ん」の「や」は疑問の係助詞、「ん」は推量の助動詞で、また見ることがあるだろうか、の意になる。反語に近く、もう見ることはあるまいという含みをもつ。老いた身の自覚がこの一語に置かれている。
二句「交野のみ野の」の「み野」の「み」は接頭語で、天皇の御料の野であることを示す。
三句「桜狩」は桜を尋ねて野山を歩くことをいう。狩りの語を用いるのは、交野が遊猟の地であることと重なる。
四句「花の雪散る」は、花が雪のように散る、の意である。巻第一以来くり返されてきた雪と花の見立てが、ここでは散る花に用いられている。
結句「春の曙」は体言止めである。巻第一の第九十七首の季能歌も同じ結句であった。回想の中の一場面が、時刻を示す語で締めくくられ、初句の問いがそのまま宙に残る形になっている。
かたの:河内国の地名。天皇の遊猟地である禁野が置かれた
みの:御料の野。「み」は接頭語
さくらがり:桜を尋ねて野山を歩くこと
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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