- 歌の意味
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山里の春の夕暮に来て見ると、日暮れの鐘の音に合わせて花が散っていたのだった。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 116
詞書「山里にまかりてよみ侍りける」
山里に足を運んで詠まれた歌である。夕暮の鐘の音と花の散るさまとを結び付けている。
作者の能因法師(九八八〜没年未詳)は俗名を橘永愷といい、出家して諸国を旅した。歌枕の研究をまとめた『能因歌枕』を残し、その旅と歌をめぐる説話も多い。
場面は春の夕暮、場所は山里である。
直接の契機は山里へ出かけたことである。
初句
二句「山里の春の夕暮」で場所と時刻を掲げる。巻第一の第八十首の隆時歌も山里で花を待つ歌であり、山里は花と結び付けられる場所である。
三句「来て見れば」は、実際に足を運んで見ると、の意である。
四句「入相の鐘に」の「入相」は日の入るころをいい、その時刻に寺で撞く鐘が入相の鐘である。「に」は時を示すとともに、鐘の音に応じて、という含みをもつ。
結句「花ぞ散りける」は「ぞ」の係り結びで、「ける」の連体形が結びとなる。鐘の音と花の散ることのあいだに因果はないが、両者を並べることで、音が花を散らしているかのように読める。聴覚と視覚が一つの時刻に重ねられている。
夕暮と鐘という取り合わせは無常を思わせる型でもあり、散る花と結ばれることで一層その色を帯びる。
やまざと:山あいの里
いりあひのかね:日の入るころに寺で撞く鐘
- 作者
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能因法師
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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