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花散れば訪ふ人まれになりはてて
厭ひし風の音のみぞする

歌の意味
花が散ると訪ねて来る人もすっかりまれになって、あれほど厭わしく思った風の音ばかりがしている。
鑑賞
巻第二 春歌下 125

詞書「花落客稀といふことを」
 詞書の「花落客稀」は、花落ちて客まれなり、の意で、その題によって詠まれた。花が散った後の家の静けさを詠む。
 作者の「刑部卿範兼」は藤原範兼(一一〇七〜一一六五)である。刑部卿を務めた。
 場面は桜の散った後、場所は作者の家である。
 直接の契機は「花落客稀」の題による詠である。

 初句「花散れば」は確定条件で、花が散ったので、の意である。
 二句「訪ふ人まれに」は、訪れる人がまれに、の意である。花があるあいだは人が来ていたことが、この一句から逆に知られる。
 三句「なりはてて」の「果つ」は、すっかり〜しきる意である。まれになるどころか絶えてしまった、という含みになる。
 四句「厭ひし風の」の「厭ふ」はいとわしく思う意で、「し」は過去の助動詞の連体形である。花を散らす風として憎まれていた風が、ここで別の意味をもつ。
 結句「音のみぞする」の「のみ」は限定、「ぞ」は係助詞で、「する」の連体形が結びとなる。憎んでいた風の音だけが、今は唯一の訪れとなっている。憎悪の対象が孤独の慰めに転じるという反転が、一首の眼目である。
 巻第一の第五十四首で八条院高倉が誰も訪ねて来ないまま梅が散ったと詠んだのに対し、この歌は散った後に人が絶えたことを詠んでおり、前後の関係が入れ替わっている。

まれなり:めったにない
はつ:すっかり〜しきる
いとふ:いとわしく思う。嫌う
作者
藤原範兼
出典
新古今和歌集
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