眺むとて花にもいたく馴れぬれば
散る別れこそ悲しかりけれ
- 歌の意味
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眺めようとして花にもすっかり馴れ親しんでしまったので、散っていく別れがことに悲しいのだった。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 126
詞書「題しらず」
花に馴れ親しんだ結果として別れが悲しくなるという理屈を詠む。詞書は「題しらず」で、詠作の事情は伝わっていない。
作者の西行法師は俗名を佐藤義清といい、鳥羽院の北面の武士であったが二十三歳で出家した。巻第一では第七首
第二十七首
第五十一首
第七十九首
第八十六首に現れた。
場面は桜の散るころ、場所は特定されない。
詠まれた直接の契機は伝わらない。
初句「眺むとて」は、眺めようとして、の意である。花を見るために日を重ねてきたことが示される。
二句「花にもいたく」の「いたく」は、はなはだしく、の意である。
三句「馴れぬれば」の「馴る」は馴れ親しむ意で、「ぬれ」は完了の已然形、「ば」は確定条件である。親しんでしまったので、という因果がここで示される。
四句「散る別れこそ」の「こそ」は係助詞で、結句の已然形が結びとなる。花が散ることを「別れ」と呼び、人との別離になぞらえている。
結句「悲しかりけれ」は「こそ」の結びである。親しめば親しむほど別れがつらいという理屈は、出家した者が執着を戒める立場にありながら、花に対しては執着を深めていることを露わにする。第百十七首の恵慶歌が山に来た甲斐がないと嘆いたのと同じ問題を、こちらは自らの馴れの結果として引き受けている。
なる:馴れ親しむ
いたく:はなはだしく
- 作者
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西行法師
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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