- 歌の意味
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山が高いので、岩の根元の桜が散るときには、天女の羽衣が岩を撫でていくのだと見える。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 131
詞書「百首歌めしける時春歌」
嵐に散る花の二首目である。前歌と同じ初句を用いながら、散る花を天女の羽衣に見立てる。詞書によれば百首歌を召された折の春の歌である。
作者の崇徳院(一一一九〜一一六四)は鳥羽天皇の第一皇子で、保元の乱に敗れて讃岐に配流された。巻第一では第七十一首に現れた。
場面は桜の散るころ、場所は高い山の岩のあたりである。
直接の契機は百首歌の詠進である。
初句「山高み」は前歌と同じ句で、二首が並べて置かれている。
二句「岩根の桜」の「岩根」は地についた岩、岩の根元をいう。巻第一の第六十六首の良経歌にも用いられた語である。
三句「散るときは」で時が限定される。
四句「天の羽衣」は天女の着る衣である。散る花びらが岩の上を流れていくさまを、羽衣が触れて過ぎるものと見立てている。
結句「なづるとぞ見る」の「なづ」は撫でる意、「ぞ」は係助詞で「見る」の連体形が結びとなる。天の羽衣が岩を撫でるという言い方は、羽衣が大岩を撫でて岩がすり減るまでの長大な時間をいう仏典の譬えを背景にもつ。散る花という一瞬の景に、その長い時間の観念が重ねられている。
前歌が月を隠す量の多さで落花を捉えたのに対し、この歌は羽衣の触れる軽さで捉えており、同じ落花が対照的に扱われている。
いはね:地についた岩。岩の根元
あまのはごろも:天女の着る衣
なづ:撫でる
- 作者
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崇徳院
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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