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恨みずや憂き世を花のいとひつつ
誘ふ風あらばと思ひけるをば

歌の意味
恨みはしないだろう。花はこのつらい世を厭いながら、誘う風があればと思っていたのだから。
鑑賞
巻第二 春歌下 140

詞書「題しらず」
 散る花に無常を見る歌の二首目である。散らされた花は風を恨むはずだが、そもそも花のほうが世を厭って散ることを望んでいたのだから恨むまい、と説く。詞書は「題しらず」で、詠作の事情は伝わっていない。
 作者の「皇太后宮大夫俊成女」は藤原俊成の孫で、その養女となった女性である。本巻では第百十二首に続く二度目の登場となる。
 場面は桜の散るころ、場所は特定されない。
 詠まれた直接の契機は伝わらない。

 初句「恨みずや」の「や」は反語の係助詞で、恨むだろうか、いや恨むまい、の意になる。結論を先に置き、その根拠を下の句で述べる倒置である。
 二句「憂き世を花の」の「憂き世」はつらくいとわしい世の意で、仏教的な世界観を含む語である。「花の」の「の」は主格を示し、花が主語となる。
 三句「いとひつつ」の「いとふ」はいとわしく思う意で、第百二十五首の範兼歌にも用いられた語である。花が世を厭うという擬人化がここで成り立つ。
 四句「誘ふ風あらばと」は、誘ってくれる風があればよいのに、の意である。「誘ふ」は花を散らすことをいい、第百二十八首の宮内卿歌にも用いられた語である。
 結句「思ひけるをば」は、そう思っていたのだから、の意で、初句の「恨みずや」に係る。散ることを花自身が望んでいたと見ることで、無常を嘆く歌の型が反転している。花が世を捨てるという発想には、出家の観念が重ねられている。

うきよ:つらくいとわしい世。この世
いとふ:いとわしく思う。嫌う
さそふ:誘う。ここでは花を散らす
作者
藤原俊成女
出典
新古今和歌集
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