眺むべき残りの春を数ふれば
花とともにも散る涙かな
- 歌の意味
-
これから眺めることのできる残りの春を数えてみると、花とともに涙まで散ることだ。
- 鑑賞
-
巻第二 春歌下 142
詞書「入道前関白太政大臣家に百首歌よませ侍りける時」
散る花に無常を見る歌の四首目である。残された春の数を数えるという行為によって、老いの自覚が示される。詞書の「入道前関白太政大臣」は藤原兼実で、巻第一の第五首の詞書にも現れる。
作者の俊恵法師は源俊頼の子で、東大寺の僧である。自坊に歌林苑を設けて歌の会を催し、鴨長明の和歌の師にあたる。巻第一では第六首に現れた。
場面は桜の散るころ、場所は特定されない。
直接の契機は百首歌の詠進である。
初句「眺むべき」の「べし」は可能を表し、これから眺めることのできる、の意になる。
二句「残りの春を」は、自分に残された春の数をいう。第百首の俊成歌が過ぎた春を数え、第百一首の式子内親王歌が過去を数えたのに対し、この歌はこれから来る春を数える。三首が数えるという同じ動作を、過去と未来に分けて扱っている。
三句「数ふれば」は第百一首と同じ句である。
四句「花とともにも」の「も」は、花だけでなく涙までも、の含みである。
結句「散る涙かな」は体言止めである。涙に「散る」を用いるのは、花に用いる語を転用したもので、落ちる涙と散る花が同じ動詞で結ばれる。第百十九首の重之歌が雨と涙と花を重ねたのと同じ手法である。
べし:ここでは可能を表す助動詞
かぞふ:数える
- 作者
-
俊恵法師
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-