誰が谷か明日は残さん山桜
こぼれて匂へ今日の形見に
- 歌の意味
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どの谷が明日まで残しておいてくれるだろうか。山桜よ、こぼれ散って照り映えてくれ、今日の形見に。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 150
詞書「小野宮のおほきおほいまうちきみ月輪寺花見侍りける日よめる」
花見の当日に、散る花を今日の形見として惜しむ歌である。詞書の「小野宮のおほきおほいまうちきみ」は太政大臣藤原実頼を指し、小野宮に邸を構えたことからこの呼び名がある。月輪寺は山中の寺である。
作者の清原元輔(九〇八〜九九〇)は三十六歌仙の一人で、『後撰和歌集』の撰者に加わった。清少納言の父にあたる。
場面は桜の散るころ、場所は月輪寺のある山中である。
直接の契機は、藤原実頼の月輪寺での花見に加わったことである。
初句「誰が谷か」の「か」は疑問の係助詞で、二句の「ん」に係る。どの谷が、と問う形である。谷ごとに花の残り方が違うという前提が置かれている。
二句「明日は残さん」は、明日まで残しておくだろうか、の意である。明日にはもうないかもしれないという見込みが示される。
三句「山桜」で呼びかけの相手が定まる。
四句「こぼれて匂へ」は命令形で、こぼれ散りながら照り映えよ、の意になる。散るなと言うのではなく、散りながら美しくあれと求める点に特色がある。第百四十五首の雅経歌が「しばしは匂へ」と風に求めたのに対し、こちらは花そのものに求めている。
結句「今日の形見に」の「形見」は後に残して思い出のよすがとするものをいい、第百四十四首にも用いられた語である。散ることを惜しみながら、散る姿そのものを記憶に留めようとする構えになっている。
こぼる:こぼれ散る
かたみ:後に残して思い出のよすがとするもの
おほきおほいまうちきみ:太政大臣
- 作者
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清原元輔
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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