花流す瀬をも見るべき三日月の
割れて入りぬる山の遠方
- 歌の意味
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花を流す瀬を見ることもできたはずなのに、三日月が割れたように欠けて入ってしまった、山の彼方よ。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 152
詞書「紀貫之曲水宴し侍りける時、月入花灘暗といふことをよみ侍りける」
曲水の宴を詠む二首目である。詞書の「月入花灘暗」は、月入りて花灘暗し、の意で、漢詩の句を題として和歌に詠み直したものである。巻第一の第五十五首の大江千里歌も同じ句題和歌である。
作者の坂上是則は平安時代前期の歌人で、三十六歌仙の一人に数えられる。
場面は三月三日の夜、場所は花の流れる瀬のほとりである。
直接の契機は、紀貫之が曲水の宴を催した折に、この題で詠んだことである。
初句「花流す瀬」は、花びらを流している浅瀬をいう。題の「花灘」にあたる。
二句「見るべき」の「べし」は可能を表し、見ることができたはずの、の意になる。月があれば見えたのに、という含みが置かれる。
三句「三日月の」で月が示される。三日月は細く、光が弱い。
四句「割れて入りぬる」の「割る」は三日月の形に応じた語で、欠けた形をそのまま動作として表している。「入る」は月が沈むことで、題の「月入」にあたる。
結句「山の遠方」は体言止めである。「遠方」は遠く離れたところをいう。月が山の向こうへ沈み、花の流れる瀬が見えなくなる。題の「暗し」は語として現れず、月が沈んだという事実だけで示されている。漢詩の句を三つの要素に分け、和歌の五句に配分する手際が働いている。
せ:川の浅く流れの速いところ
をちかた:遠く離れたところ
べし:ここでは可能を表す助動詞
- 作者
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坂上是則
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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