尋ねつる花も我が身も衰へて
後の春ともえこそ契らね
- 歌の意味
-
尋ねて来た花も我が身も衰えて、また後の春に会おうと約束することさえできない。
- 鑑賞
-
巻第二 春歌下 153
詞書「雲林院の桜見にまかりけるに、皆散り果てて僅かに片枝に残りて侍りければ」
花を見に出かけたところ、ほとんど散り果てていた、という場面の歌である。詞書の雲林院は京の紫野にあった寺で、桜の名所として知られた。
作者の良暹法師は平安時代中期の僧で、歌人である。
場面は桜の散り果てたころ、場所は雲林院である。
直接の契機は、雲林院へ桜を見に出かけたことである。
初句「尋ねつる」は、尋ねて来た、の意で、「つる」は完了の助動詞の連体形である。巻第一の第八十六首の西行歌、第九十四首の雅経歌にも「尋ぬ」が用いられており、花を求めて出かける行為が繰り返し詠まれている。
二句「花も我が身も」は、花と自分自身と、の両方を並べる言い方である。片枝にわずかに残る花と、老いた身とが同じ状態に置かれる。
三句「衰へて」で、その共通する状態が示される。
四句「後の春とも」は、また後の春に、の意である。
結句「えこそ契らね」の「え」は下に打消を伴って不可能を表す副詞、「こそ」は係助詞、「ね」は打消の已然形で結びとなる。巻第一の第百八首の貫之歌も「えこそとどめざりけれ」と同じ形を用いていた。次の春に会おうと約束することさえできないというのは、自分の命が続くかどうかわからないという意であり、花の衰えを自らの老いに重ねている。第百四十二首の俊恵歌が残りの春を数えたのと同じ主題である。
おとろふ:衰える。力を失う
ちぎる:約束する
え:下に打消を伴って不可能を表す副詞
- 作者
-
良暹法師
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-