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来ぬまでも花ゆゑ人の待たれつる
春も暮れぬる深山辺の里

歌の意味
来ないまでも、花があるゆえに人が自然と待たれた、その春も暮れてしまった。深い山辺の里よ。
鑑賞
巻第二 春歌下 170

詞書「山家三月尽をよみ侍りける」
 春の終わりを惜しむ歌の四首目である。詞書の「山家三月尽」は、山家における三月の終わり、の意である。三月尽は春の最後の日を指し、季節の終わりを詠む題として用いられた。
 作者の藤原伊綱は平安時代後期の歌人である。
 場面は三月の末日、場所は深い山辺の里である。
 直接の契機は「山家三月尽」の題による詠である。

 初句「来ぬまでも」は、来ないまでも、の意である。実際には誰も来なかったことが、まず断られている。
 二句「花ゆゑ人の」の「ゆゑ」は原因を表し、花があるために、の意になる。
 三句「待たれつる」の「れ」は自発の助動詞で、自然と待たれた、の意である。待とうと思って待ったのではなく、花があるためにおのずと人が待たれたという言い方である。
 四句「春も暮れぬる」の「も」は、人が来ないうえに春までも、の含みである。
 結句「深山辺の里」は体言止めである。第百六十八首の行尊歌が春の後に人が来ないことを先取りしたのに対し、この歌は春のあいだも結局来なかったと述べており、より徹底した孤独が示される。巻第一の第五十四首の八条院高倉歌が誰も訪れないまま梅の散ったことを詠んだのと同じ系列にある。

ゆゑ:原因を表す。〜のために
みやまべ:深い山のあたり
さんぐわつじん:三月の末日。春の最後の日
作者
藤原伊綱
出典
新古今和歌集
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