- 歌の意味
-
春が過ぎて夏が来たらしい。白い衣を干すという天の香具山よ。
- 鑑賞
-
巻第三 夏歌 175
詞書「題しらず」
巻第三
夏歌の巻頭に置かれた一首である。春の部を承け、季節が改まったことを告げる歌が最初に据えられている。詞書は「題しらず」で、詠作の事情は伝わっていない。
作者の持統天皇(六四五〜七〇二)は天智天皇の皇女で、天武天皇の皇后である。天武天皇の没後に即位し、藤原京への遷都を行った。
場面は夏の初め、場所は大和国の天の香具山(現在の奈良県橿原市)である。畝傍山
耳成山とともに大和三山の一つに数えられる。
詠まれた直接の契機は伝わらない。
この歌は『万葉集』巻一に持統天皇の御製として収められている。『新古今和歌集』では「来たるらし」を「来にけらし」、「干したり」を「干すてふ」と改めた形で採られている。
初句「春過ぎて」で季節の交替が示される。巻第二の巻末が春の去った故郷を問うて終わったのを、この一句が引き取っている。
二句「夏来にけらし」の「けらし」は「けるらし」の約で、「けり」に推定の「らし」が付いた形である。確かな根拠に基づく推定を表し、その根拠は四句の衣にある。この形は巻第一の第二首の後鳥羽院歌にも用いられており、そちらは天の香具山に霞がたなびくのを根拠として春の到来を推し量っていた。同じ山を舞台に、同じ推定の型で、春と夏の到来がそれぞれ詠まれていることになる。
三句「白妙の」は白い布をいい、下の「衣」に係る。
四句「衣干すてふ」の「てふ」は「といふ」の約で、〜という、の意である。実際に見たのではなく、そう言い伝えられているという形になっている。『万葉集』の原歌が「衣干したり」と目に見えるものとして述べるのに対し、伝聞の形へ改められている。
結句「天の香具山」は体言止めである。白い衣という一つの徴だけで夏の到来を言い当てる構成であり、巻第一が霞を徴として春を告げたのと対をなす。
しろたへ:楮の繊維で織った白い布。転じて白いこと
てふ:「といふ」の約。〜という
あまのかぐやま:大和三山の一つ。現在の奈良県橿原市にある山
- 作者
-
持統天皇
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-