惜しめども止まらぬ春もあるものを
言はぬにきたる夏衣かな
- 歌の意味
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惜しんでもとどまらない春があるというのに、頼みもしないのにやって来て、着ることになった夏衣であるよ。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 176
詞書は前の歌に続き「題しらず」
ここから更衣、すなわち衣替えを詠む歌が続く。この歌は、引きとめられない春と、頼まないのに来る夏衣とを対比する。原文では詞書が改めて記されていない。
作者の素性法師は僧正遍昭の子で、平安時代前期の歌人である。三十六歌仙の一人に数えられる。
場面は四月一日の更衣のころ、場所は特定されない。
詠まれた直接の契機は伝わらない。
更衣は四月一日と十月一日に衣を替える習わしで、夏の初めを示す行事として歌に詠まれてきた。
初句「惜しめども」は、惜しんでも、の意である。巻第二の第百四十六首の後白河院歌も同じ句で始まっており、去る春を惜しむ言い方として共通する。
二句「止まらぬ春も」は、とどまらない春が、の意である。巻第二の第百七十二首が「待てといふに止まらぬもの」と詠んだのと同じ観念である。
三句「あるものを」の「ものを」は詠嘆を含む接続助詞で、〜であるのになあ、の意になる。
四句「言はぬにきたる」は、来てくれと言わないのにやって来た、の意である。「来たる」には衣を「着たる」の意が掛けられており、結句の夏衣に続く。引きとめても去る春と、招かなくても来る夏とが、この一句で対置される。
結句「夏衣かな」は体言止めで、「かな」の詠嘆で結ばれる。人の意志に関わりなく季節が入れ替わることを、衣という身近な物に即して述べている。
ものを:詠嘆を含む接続助詞。〜であるのになあ
きたる:「来たる」に衣を「着たる」を掛ける
ころもがへ:四月一日と十月一日に衣を替える習わし
- 作者
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素性法師
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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