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夏草は茂りにけれど時鳥
などわが宿に一声もせぬ

歌の意味
夏草は茂ったけれども、時鳥はどうして我が家で一声も鳴かないのだろう。
鑑賞
巻第三 夏歌 189

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 夏草の歌から時鳥の歌へ移る位置に置かれる。草は茂ったのに鳥は来ないと述べ、次の一連を導く。原文では詞書が改めて記されていない。
 作者は「延喜御哥」とあり、延喜の御代の天皇、すなわち醍醐天皇の御製である。巻第二では第百六十三首に現れた。
 場面は夏の初め、場所は作者の住まいである。
 詠まれた直接の契機は伝わらない。
 時鳥は夏を告げる鳥として重んじられ、その初声を聞くことが待たれた。『新古今和歌集』でも夏歌の中で最も多く詠まれる素材である。

 初句
二句「夏草は茂りにけれど」は前歌の初句
二句をほぼそのまま受けており、二首が並べて置かれていることがわかる。ただし前歌が「けりな」と詠嘆で言い切るのに対し、こちらは「けれど」と逆接に転じ、下の句へ続く。同じ句を用いながら、働きが変えられている。
 三句「時鳥」で待たれる対象が示される。
 四句「などわが宿に」の「など」は、どうして、の意の副詞である。理由を問う形で不満が述べられる。
 結句「一声もせぬ」の「も」は、一声さえも、の含みである。打消の連体形で言い切り、来ないことが強く示される。
 草が茂ったことを根拠として、鳥も来てよいはずだと述べる理屈になっており、季節の徴が揃わないことへの不審が主題である。この歌を境に、以下は時鳥を待ち、また聞く歌が続く。

ほととぎす:夏を告げる鳥。初声を聞くことが待たれた
など:どうして。なぜ
ひとこゑ:一度の鳴き声
作者
醍醐天皇
出典
新古今和歌集
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