- 歌の意味
-
卯の花の垣根ではないけれども、時鳥は月の桂の陰で鳴いているらしい。
- 鑑賞
-
巻第三 夏歌 200
詞書「神館にて郭公を聞きて」
詞書の「神館」は賀茂祭に先立って斎院が籠る建物で、第百八十二首の式子内親王歌の詞書にも現れる。その神館で時鳥の声を聞いて詠まれた歌である。
作者の「前中納言匡房」は大江匡房(一〇四一〜一一一一)である。学者の家に生まれ、権中納言に至った。有職故実と漢学に通じ、多くの著述を残した。巻第七の第七百三十首
第七百五十首にも歌が採られている。
場面は夏の夜、場所は賀茂の神館である。
直接の契機は、神館で時鳥の声を聞いたことである。
月に桂の木があるという言い伝えは中国の書物に由来し、和歌でもしばしば用いられた。
初句
二句「卯の花の垣根ならねど」の「ね」は打消の已然形、「ど」は逆接である。第百九十首で時鳥が卯の花の陰に隠れると詠まれたのを受け、ここではその卯の花ではないと断っている。一連の中で前の歌を踏まえた言い方である。
三句「時鳥」で対象が示される。
四句「月の桂の」は、月にあるという桂の木をいう。地上には隠れる場所がないので、月の桂の陰にいるのだろうという理屈になる。
結句「陰に鳴くなり」の「なり」は伝聞推定の助動詞で、声によって判断していることを示す。姿は見えず声だけが聞こえるという設定が、月の桂という架空の場所によって極端まで押し進められている。
隠れる場所を地上から天上へ移すことで、鳥の見えなさが誇張されており、第百九十首が卯の花の陰という現実の場所を示したのと対をなす。
かんだち:賀茂祭に先立って斎院が籠る建物
つきのかつら:月にあるという桂の木
なり:伝聞推定の助動詞
- 作者
-
大江匡房
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-