聞かでただ寝なましものを時鳥
中々なりや夜半の一声
- 歌の意味
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聞かずにただ寝てしまえばよかったのに。時鳥よ、かえって中途半端なことだ、夜半の一声は。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 203
詞書「題しらず」
一声だけ聞いたためにかえって満たされないという心を詠む。第百九十五首
第百九十七首と同じ主題を、より直接に述べている。詞書は「題しらず」で、詠作の事情は伝わっていない。
作者の相模は平安時代中期の女房歌人である。生没年は伝わらない。相模守大江公資の妻であったことからこの呼び名がある。
場面は夏の夜半、場所は特定されない。
詠まれた直接の契機は伝わらない。
初句「聞かでただ」は、聞かずにただ、の意である。
二句「寝なましものを」の「まし」は反実仮想の助動詞、「ものを」は詠嘆を含む接続助詞である。聞かずに寝てしまえばよかったのに、という後悔が示される。
三句「時鳥」で相手が示される。
四句「中々なりや」の「中々なり」は、かえって中途半端である、しないほうがましである、の意である。「や」は詠嘆の間投助詞である。
結句「夜半の一声」は体言止めで、四句の判断の対象が最後に置かれる倒置である。第百九十五首が一声のために眠れないと述べ、第百九十七首が二声あれば眠れると述べたのに続き、この歌は一声を聞いたこと自体を悔いている。三首が同じ不足を段階的に扱っており、この歌がその極まった形にあたる。
まし:反実仮想を表す助動詞
なかなかなり:かえって中途半端である。しないほうがましである
よは:夜半。夜中
- 作者
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相模
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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