- 歌の意味
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一声だけでは思いきることができない。時鳥よ、たそがれ時の、雲の乱れる中で。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 208
詞書「時鳥をよめる」
一声では心が満たされないと詠む。詞書によれば時鳥を題として詠まれた。
作者の八条院高倉は、鳥羽天皇の皇女である八条院暲子内親王に仕えた女房歌人である。生没年は伝わらない。巻第一では第五十四首に現れた。
場面は夏の夕暮、場所は特定されない。
直接の契機は「時鳥」の題による詠である。
初句「一声は」で、聞こえたのが一声であることが示される。
二句「思ひぞあへぬ」の「あふ」は動詞に付いて、〜しきる、の意を添える。「ぞ」は係助詞、「ぬ」は打消の連体形で結びとなる。思いきることができない、思いが収まらない、の意になる。
三句「時鳥」で相手が示される。
四句「たそかれ時の」は夕暮をいう。人の顔が見分けにくくなる時刻であり、あいまいさを含む語である。
結句「雲のまよひに」の「まよひ」は乱れ、入り乱れることをいう。雲が乱れる夕暮という、輪郭の定まらない場面が最後に置かれる。一声しか聞こえないことと、時刻も雲も定かでないこととが重なり、確かめようのなさが一首を覆っている。第二百三首の相模歌が一声を悔いたのに対し、この歌は一声のまま心が宙に浮いた状態を詠む。
あふ:動詞に付いて、〜しきるの意を添える
たそかれどき:夕暮。人の顔が見分けにくくなる時刻
まよひ:乱れ。入り乱れること
- 作者
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八条院高倉
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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