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有明のつれなく見えし月は出でぬ
山時鳥待つ夜ながらに

歌の意味
有明の、素知らぬさまに見えたあの月は出てしまった。山時鳥をなお待ち続ける夜のままで。
鑑賞
巻第三 夏歌 209

詞書「千五百番歌合に」
 本歌取りによって、恋の歌の言葉を時鳥の歌に転じる。詞書によれば千五百番歌合に出された歌である。
 作者の「摂政太政大臣」は藤原良経である。関白藤原兼実の子で、『新古今和歌集』の仮名序を執筆した。巻第一では第一首
第二十三首
第六十一首
第六十二首
第六十六首、巻第二では第百三十六首
第百四十七首
第百五十七首
第百七十四首に現れた。
 場面は夏の明け方、場所は特定されない。
 直接の契機は歌合への出詠である。
 本歌は壬生忠岑の「有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし」(『古今和歌集』恋三)である。

 初句
二句「有明のつれなく見えし」は本歌の句をそのまま用いた部分である。「つれなし」は素知らぬさまである、の意で、巻第一の第十首の国信歌、第九十八首の有家歌にも用いられた語である。
 三句「月は出でぬ」で本歌からの転換が生じる。本歌が別れの場面を詠むのに対し、この歌は月が沈んだ後の空を詠み、恋の文脈を夜明けの景に移している。「出づ」はここでは月が空から去る意である。
 四句「山時鳥」で待つ対象が示される。
 結句「待つ夜ながらに」の「ながら」は、〜のままで、の意である。月は去ったのに、待っている夜はまだ続いているという時間の宙吊りが示される。本歌の「暁ばかり憂きものはなし」という嘆きが、ここでは待ちくたびれた夜の長さへ置き換えられている。恋の歌の型を借りて、時鳥を待つ心を述べる形になっている。

ありあけ:夜が明けてもなお空に残る月
つれなし:素知らぬさまである
ながら:〜のままで
作者
藤原良経
出典
新古今和歌集
その他の歌