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過ぎにけり信太の森の時鳥
絶えぬ雫を袖に残して

歌の意味
過ぎ去ってしまった。信太の森の時鳥は、絶え間なく落ちる雫を袖に残して。
鑑賞
巻第三 夏歌 213

詞書「杜間郭公といふことを」
 詞書の「杜間郭公」は、杜の間の郭公、の意である。森を通り過ぎていった時鳥と、後に残された雫とを詠む。
 作者の藤原保季は平安時代末期の歌人である。
 場面は夏、場所は和泉国の歌枕である信太の森(現在の大阪府和泉市の一帯)である。
 直接の契機は「杜間郭公」の題による詠である。

 初句「過ぎにけり」は言い切りで、まず事実が置かれる。巻第二の第百五十五首の寂蓮歌が「散りにけり」と同じ形で始まっていた。
 二句「信太の森の」で場所が定まる。
 三句「時鳥」で主語が示され、上の句が完結する。
 四句「絶えぬ雫を」の「絶えぬ」は絶え間のない、の意である。第百九十一首の紫式部歌が「杜の雫」を詠んだのと同じく、木の葉から落ちる水滴が主題となる。そちらは待つあいだの濡れであったが、こちらは去った後の濡れである。
 結句「袖に残して」は、言い切らずに結ぶ形である。鳥は去り、雫だけが袖に残る。雫は涙を暗示し、去った後の心細さがそこに託されている。巻第二の第百五十五首
第百五十六首が花の去った跡に残るものを詠んだのと同じ構図が、鳥に移されている。

しのだのもり:和泉国の歌枕。現在の大阪府和泉市の一帯
しづく:木の葉などから落ちる水滴
作者
藤原保季
出典
新古今和歌集
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