いかばかり田子の裳裾もそほつらん
雲間も見えぬ頃の五月雨
- 歌の意味
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どれほど田人の裳裾も濡れそぼっていることだろう。雲の切れ間も見えないころの五月雨に。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 227
詞書「題しらず」
五月雨の三首目である。長雨の中で働く農夫の姿を思いやって詠む。詞書は「題しらず」で、詠作の事情は伝わっていない。
作者の伊勢大輔は平安時代中期の女房歌人である。大中臣輔親の娘で、上東門院彰子に仕えた。巻第一の第五十首
本巻の第百十八首の作者である康資王母は娘にあたる。
場面は五月雨のころ、場所は田である。
詠まれた直接の契機は伝わらない。
初句「いかばかり」は、どれほど、の意で、程度を問う副詞である。
二句「田子の裳裾も」の「田子」は田で働く人をいう。「裳裾」は衣の裾である。「も」は、裾までも、の含みである。
三句「そほつらん」の「そほつ」はずぶ濡れになる意、「らん」は現在推量の助動詞である。自分は見ていないが、そうであろうと推し量る形である。
四句「雲間も見えぬ」は、雲の切れ間さえ見えない、の意である。第百八十首
第二百十首で「雲間の月」が詠まれたのに対し、ここではその切れ間がない。晴れ間のないことが、雨の長さを示す。
結句「頃の五月雨」は体言止めである。前の二首が縄や樋という物を詠んだのに対し、この歌は人を詠む。田の一連の中で、道具から人へと対象が移っている。
たご:田で働く人
もすそ:衣の裾
そほつ:ずぶ濡れになる
- 作者
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伊勢大輔
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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