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真菰刈る淀の沢水深けれど
底まで月の影は澄みけり

歌の意味
真菰を刈る淀の沢の水は深いけれども、その底まで月の光は澄み通っていたのだった。
鑑賞
巻第三 夏歌 229

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 真菰の二首目である。前歌が雨で刈る人もない情景を詠んだのに対し、この歌は水底まで澄む月を詠み、雨の後の晴れた夜が示される。原文では詞書が改めて記されていない。
 作者の「前中納言匡房」は大江匡房である。学者の家に生まれ、権中納言に至った。本巻では第二百首に続く二度目の登場となる。
 場面は夏の夜、場所は山城国の淀である。巻第一の第七十二首の公経歌でも「淀」の語が用いられていた。
 詠まれた直接の契機は伝わらない。

 初句「真菰刈る」は前歌の語を受ける。二首が同じ草を詠み、並べて置かれている。
 二句「淀の沢水」の「淀」は水の流れが緩やかによどんだところをいい、同時に地名でもある。
 三句「深けれど」の「ど」は逆接である。深いのだから底までは見えないはずだ、という前提が置かれ、それが下の句で覆される。
 四句「底まで月の」は、水底まで月の光が届いて、の意である。
 結句「影は澄みけり」の「影」は光、「澄む」は濁りなく透き通る意である。「けり」の詠嘆が、思いがけないことへの気づきを示す。水が深いのに底まで見えるという理屈に合わない景をそのまま示す点は、巻第一の第二十首の家持歌が雲のない空から雪が降ると詠んだのと通じる。長雨の一連の中に、水の澄む夜を置くことで変化が与えられている。

よど:水の流れが緩やかによどんだところ。また地名
かげ:月や日の光
すむ:濁りなく透き通る
作者
大江匡房
出典
新古今和歌集
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