五月雨の雲間の月の晴れゆくを
しばし待ちける時鳥かな
- 歌の意味
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五月雨の雲間の月が晴れていくのを、しばらく待っていたのだった。その時鳥であることだ。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 237
詞書「建仁元年三月歌合に、雨後郭公といへる心を」
五月雨と時鳥の三首目である。詞書の「雨後郭公」は、雨の後の郭公、の意である。雨が上がって月が出るのを鳥も待っていたと詠む。
作者の二条院讃岐は源頼政の娘で、二条天皇に仕えた。のち後鳥羽院歌壇でも活躍した。巻第二では第百三十首に現れた。
場面は五月雨の晴れ間の夜、場所は特定されない。
直接の契機は建仁元年(一二〇一年)三月の歌合への出詠である。巻第一の第七十二首の公経歌も同じ歌合の詠である。
初句
二句「五月雨の雲間の月の」は、長雨の雲の切れ間に見える月をいう。「雲間の月」は第百八十首
第二百十首でも用いられた語である。
三句「晴れゆくを」は、次第に晴れていくのを、の意である。第二百三十六首の「晴れぬ思ひ」に対し、こちらは晴れていく空が詠まれ、二首が対をなす。
四句「しばし待ちける」の「けり」は詠嘆で、待っていたのだなという気づきを表す。待っていたのは人ではなく鳥である。
結句「時鳥かな」は体言止めである。本巻の前半では人が鳥を待ち続けたが、この歌では鳥のほうが月を待っていたことになる。待つ側と待たれる側が入れ替わっており、一連の主題が反転した形で締めくくられている。
くもま:雲の切れ間
はれゆく:次第に晴れていく
しばし:しばらくのあいだ
- 作者
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二条院讃岐
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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