- 歌の意味
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橘の花の散る軒の忍ぶ草に、昔を思うにつけて露がこぼれ落ちる。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 241
詞書は前の歌に続き「百首歌たてまつりし時」
花橘の四首目である。橘と忍ぶ草という、いずれも昔を思わせる草木を一首に集めている。原文では詞書が改めて記されていない。
作者の「前大納言忠良」は藤原忠良である。本巻では第二百三十四首に続く二度目の登場となる。
場面は花橘の散るころ、場所は家の軒である。
直接の契機は百首歌の詠進である。
初句
二句「橘の花散る軒の」で場所が定まる。花はすでに散る時期に入っている。
三句「忍ぶ草」は軒などに生える羊歯で、「偲ぶ」の音を含む。巻第一の第六十四首の行慶歌でも同じ掛かり方が用いられており、そちらは軒の玉水とともに詠まれていた。
四句「昔をかけて」は、昔を心に掛けて、の意である。「かく」は心に掛ける意で、第二百三十九首の「契りかをかん」とは別の用法である。
結句「露ぞこぼるる」は「ぞ」の係り結びで、「こぼるる」の連体形が結びとなる。「露」は忍ぶ草に置く露であり、同時に涙でもある。橘の香、忍ぶ草の名、露という三つが、いずれも昔を呼び起こすものとして重ねられており、記憶を主題とする花橘の一連の中で、最も要素の多い作りになっている。
しのぶぐさ:軒などに生える羊歯。「偲ぶ」の音を響かせる
かく:心に掛ける。思う
- 作者
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藤原忠良
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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