- 歌の意味
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尋ねて来るはずの人は来ないが、その軒端の古い家で、あの人かと思わせるように香る庭の橘よ。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 243
詞書「題しらず」
花橘の六首目である。訪れるはずの人が来ないところへ、橘の香だけが届くと詠む。詞書は「題しらず」で、詠作の事情は伝わっていない。
作者は「よみ人しらず」とあり、人名は伝わっていない。
場面は花橘の咲くころ、場所は古い家の庭である。
詠まれた直接の契機は伝わらない。
初句「尋ぬべき」の「べし」は当然を表し、尋ねて来るはずの、の意になる。来るはずの人が来ないことが前提に置かれる。
二句「人は軒端の」で、その人と場所とがつながれる。「軒端」は軒の端で、家の外と内の境をなす場所である。巻第一の第五十二首の式子内親王歌でも「軒端の梅」と詠まれていた。
三句「古里に」の「古里」は古びた里、旧い住まいをいう。本集の春歌でくり返された語が、夏の歌でも用いられている。
四句「それかと薫る」は、あの人かと思わせるように香る、の意である。本歌である『古今和歌集』の「昔の人の袖の香ぞする」を踏まえ、香が人の代わりに現れる。
結句「庭の橘」は体言止めである。人は来ず、香だけが来る。第二百三十八首が思い出す者の不在を問うたのに続き、この歌では思い出させる相手そのものが不在であり、香だけが残されている。
べし:ここでは当然を表す助動詞。〜はずの
のきば:軒の端。家の外と内の境をなす場所
ふるさと:古びた里。旧い住まい
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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