- 歌の意味
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五月闇の、短い夜半のうたた寝に、花橘の香が袖に涼しく感じられる。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 242
詞書「五十首歌たてまつりし時」
花橘の五首目である。前の三首が記憶を主題としたのに対し、この歌は香を涼しさとして捉え、感覚に即して詠む。詞書によれば五十首歌を詠進した折の一首である。
作者の「前大僧正慈円」は慈円である。関白藤原忠通の子で、天台座主を四度務めた。本巻では第百七十七首に続く二度目の登場となる。
場面は五月の短夜、場所は寝所である。
直接の契機は五十首歌の詠進である。
初句「五月闇」は五月雨のころの、月の見えない暗さをいう。第百九十四首でも用いられた語である。
二句「短き夜半の」は、夏の夜の短さをいう。夏至に近い時期であることが示される。
三句「うたた寝に」の「うたた寝」は本格的に床に入らずに眠ることで、第百九十七首の経信歌にも用いられた語である。
四句「花橘の」で香が示される。第二百四十首の式子内親王歌が夢の枕に橘を置いたのに続き、この歌も眠りと香を結び付けている。
結句「袖に涼しき」は連体形で言い切る形である。香は本来嗅覚のものであるが、それを「涼しき」と触覚の語で受けている。感覚の置き換えによって、暗く短い夜の中の一点の心地よさが示される。記憶を呼ぶものとされてきた橘の香が、ここでは感覚そのものとして扱われている点が、一連の中で異なる。
さつきやみ:五月雨のころの、月の見えない暗さ
みじかきよ:夏の短い夜
うたたね:本格的に床に入らずに眠ること
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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