時鳥五月水無月分きかねて
やすらふ声ぞ空に聞こゆる
- 歌の意味
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時鳥は五月と六月を見分けかねて、ためらう声が空に聞こえてくる。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 248
詞書「堀河院御時、后の宮にて閏五月郭公といふ心を男どもつかうまつりけるに」
閏五月を主題とする歌である。閏月によって五月が二度あるため、時鳥が季節を判じかねているとする。詞書によれば堀河天皇の御代に后の宮で、閏五月の郭公という題によって男たちが詠んだ折の一首である。
作者の「権中納言国信」は源国信である。源顕房の子で、権中納言に至った。巻第一では第十首、巻第二では第百六十首に現れた。
場面は閏五月、場所は特定されない。
直接の契機は「閏五月郭公」の題による詠である。
閏月は暦を調整するために挿入される月で、閏五月があれば五月が二度続く。
初句「時鳥」で対象を掲げる。
二句「五月水無月」は陰暦の五月と六月である。時鳥は五月の鳥とされるので、五月が終われば鳴きやむはずである。
三句「分きかねて」の「分く」は見分ける、区別する意で、「かぬ」は〜しきれない、の意を添える。第二百二十四首の紫式部歌でも「あやめは分かで」と同じ動詞が用いられていた。
四句「やすらふ声ぞ」の「やすらふ」は立ち止まる、ためらうの意で、第六十九首の高遠歌にも用いられた語である。「ぞ」は係助詞である。
結句「空に聞こゆる」は「ぞ」の結びで連体形となる。暦の乱れが鳥の迷いとして現れるという理屈であり、題に応じた機知が働いている。声だけが聞こえて姿が見えないという設定は、本巻の時鳥の一連と同じである。
うるふさつき:閏の五月。暦を調整するために挿入された月
みなづき:陰暦六月
わきかぬ:見分けきれない
やすらふ:立ち止まる。ためらう
- 作者
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源国信
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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