我が宿の外面に立てる楢の葉の
茂みに涼む夏は来にけり
- 歌の意味
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我が家の外に立っている楢の葉の茂みで涼む、そういう夏が来たのだった。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 250
詞書は前の歌に続き「題しらず」
夏の木陰の二首目である。前歌が茂りによって月が遮られると詠んだのに対し、この歌はその茂みを涼む場所として詠む。原文では詞書が改めて記されていない。
作者の恵慶法師は平安時代中期の僧で、歌人である。巻第二では第百十七首に現れた。
場面は夏、場所は作者の家の外である。
詠まれた直接の契機は伝わらない。
初句
二句「我が宿の外面に立てる」の「外面」は家の外側をいい、第二百三十四首の忠良歌にも用いられた語である。
三句「楢の葉の」で木が示される。楢は葉の大きな落葉樹で、木陰を作る木として詠まれる。
四句「茂みに涼む」は、茂った木陰で涼む、の意である。前歌の「陰茂りつつ」を受ける形になっている。
結句「夏は来にけり」は、巻頭の第百七十五首の持統天皇歌と同じ結句である。そちらが白い衣という徴によって夏の到来を知ったのに対し、この歌は木陰で涼むという行為によってそれを知る。巻の初めと、木陰の一連とで同じ結句が用いられており、季節の到来を告げる型が反復されている。
そとも:家の外側
なら:落葉樹の一種。葉が大きく木陰を作る
しげみ:茂ったところ
- 作者
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恵慶法師
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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