- 歌の意味
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この涼しさは、秋が帰ってきたのだろうか。初瀬川の古川のほとりの、杉の木陰よ。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 261
詞書「摂政太政大臣家にて詩歌をあはせけるに、水辺冷自秋といふことを」
涼しさの二首目である。詞書の「水辺冷自秋」は、水辺の冷たさは秋よりす、の意で、漢詩の句を題として和歌に詠み直したものである。詩と歌を番える催しは巻第一の第二十五首
第二十六首、巻第二の第三十六首でも行われていた。
作者の「有家朝臣」は藤原有家である。藤原重家の子で、六条藤家に属し、『新古今和歌集』の撰者の一人となった。巻第二では第五十三首ほかに現れた。第百八十一首の作者である藤原重家は父にあたる。
場面は夏、場所は大和国の初瀬川と、その古い流路である古川のほとりである。
直接の契機は「水辺冷自秋」の題による詠である。
初句「涼しさは」で主題が掲げられる。題の「冷」にあたる。
二句「秋や帰りて」の「や」は疑問の係助詞である。夏であるのに秋が戻ったのかと問う形で、題の「自秋」を受けている。第二百五十七首が竹の風の音に秋を錯覚したのに続き、この歌も涼しさによって季節を取り違える。
三句「初瀬川」で場所が示される。大和国の川で、長谷寺のあたりを流れる。巻第二の第百五十七首の良経歌でも初瀬山が詠まれていた。
四句「ふるかはの辺の」の「古川」は元の流路をいう。「ふる」の音が「初瀬」に対して古さを添える。
結句「杉の下陰」は体言止めである。題の「水辺」にあたる場所と、涼しさの実際の源である木陰とが結ばれる。漢詩の句を三つの要素に分けて五句に配分する手際は、巻第一の第五十五首、巻第二の第百五十二首と同じである。
はつせがは:大和国の川。長谷寺のあたりを流れる
ふるかは:元の流路。古い川筋
したかげ:木の下の日陰
- 作者
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藤原有家
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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