- 歌の意味
-
露のすがりついた庭の笹がなびいて、ひとむらの夕立の雲が過ぎていった。
- 鑑賞
-
巻第三 夏歌 265
詞書「千五百番歌合に」
夕立の三首目である。雨の去った後の庭の笹と、通り過ぎる雲を詠む。詞書によれば千五百番歌合に出された歌である。
作者の「権中納言公経」は西園寺公経である。のちに太政大臣に至り、鎌倉幕府との縁により大きな権勢を得た。本巻では第二百十六首に続く二度目の登場となる。
場面は夏の夕方、場所は作者の庭である。
直接の契機は歌合への出詠である。
初句「露すがる」の「すがる」はすがりつく意で、雨滴が葉に残っているさまを表す。雨がすでに降った後であることが、この一語で示される。
二句「庭の玉笹」の「玉」は美称の接頭語で、笹をいう。第二百三十首の基俊歌の「玉柏」と同じ用い方である。
三句「うち靡き」は、なびいて、の意である。「うち」は語調を整える接頭語で、第六十九首の高遠歌にも用いられた。雲を送る風が、笹の動きによって示される。
四句「一群過ぎぬ」の「一群」はひとかたまりをいう。夕立の雲がひとかたまりだけ通り過ぎたことになる。
結句「夕立の雲」は体言止めである。雨そのものは詠まれず、露と笹の動きと雲の通過だけが並べられる。夕立の短さが、ひとかたまりという量の語によって示されている。
すがる:すがりつく
たまざさ:笹。「玉」は美称の接頭語
ひとむら:ひとかたまり
- 作者
-
藤原公経
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-