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夕づく日さすや庵の柴の戸に
寂しくもあるかひぐらしの声

歌の意味
夕日の差す庵の柴の戸に、寂しくもあることだ、ひぐらしの声は。
鑑賞
巻第三 夏歌 269

詞書「千五百番歌合に」
 ひぐらしの二首目である。夕日の差す庵にひぐらしの声が届く場面を詠む。詞書によれば千五百番歌合に出された歌である。
 作者の「前大納言忠良」は藤原忠良である。本巻では第二百三十四首
第二百四十一首に続く三度目の登場となる。
 場面は夏の夕方、場所は山中の庵である。
 直接の契機は歌合への出詠である。

 初句「夕づく日」は夕方の日、夕日をいう。前歌の「傾く山」を受ける時刻である。
 二句「さすや庵の」の「さす」は日が差す意であるが、戸を鎖す意も含み、下の「戸」に対して掛詞として働く。巻第二の第百七十三首の宮内卿歌でも同じ掛かり方が用いられていた。「や」は詠嘆の間投助詞である。
 三句「柴の戸に」の「柴の戸」は柴で作った粗末な戸で、山中の住まいを表す。巻第一の第三首の「松の戸」、第二百十九首の「仮の戸」と同じ系列の語である。
 四句「寂しくもあるか」の「か」は詠嘆の終助詞で、寂しくもあることだ、の意になる。第二百六十四首の清輔歌の「涼しくもあるか」と同じ形であり、そちらは快さ、こちらは寂しさを述べる。
 結句「ひぐらしの声」は前歌と同じ結句である。二首が同じ語で結ばれ、並べて置かれている。日の傾きと粗末な住まいと蝉の声という三つが重なり、夏の終わりの寂しさが示される。

ゆふづくひ:夕方の日。夕日
さす:日が差す意と、戸を鎖す意を掛ける
しばのと:柴で作った粗末な戸。山中の住まいを表す
作者
藤原忠良
出典
新古今和歌集
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