白露の情け置きけることのはや
ほのぼの見えし夕顔の花
- 歌の意味
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白露が情けを置いていった、その言の葉だろうか。ほのかに見えた夕顔の花は。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 276
詞書「夕顔をよめる」
草花と露の二首目である。夕顔の花を、露が置いていった言葉に見立てる。詞書によれば夕顔を題として詠まれた。
作者は「前太政大臣」とのみ記され、誰を指すかについて定説を見ない。「前太政大臣」は太政大臣を辞した者に対する呼称である。第二百十一首の作者も同じ表記である。
場面は夏の夕方、場所は特定されない。
直接の契機は「夕顔」の題による詠である。
夕顔は夕方に白い花を開き、朝にはしぼむ。『源氏物語』の夕顔の巻では、白い花に歌を添えて贈る場面が描かれる。
初句「白露の」で露が示される。前歌に続いて露が詠まれ、二首がつながれる。
二句「情け置きける」の「情け」は思いやり、風流の心をいう。「置く」は露が置く意であるが、ここでは情けを置いていったと読ませる。露の縁語を人の心に転用している。
三句「ことのはや」の「言の葉」は言葉をいい、「葉」の音によって草木とも通じる。「や」は疑問の係助詞である。露が残していった言葉が、この花なのかという問いになる。
四句「ほのぼの見えし」は、かすかに見えた、の意である。夕顔は夕暮に咲く白い花であり、薄闇の中でぼんやりと見える。
結句「夕顔の花」は体言止めである。花を言葉と見る見立てであり、贈り物としての花に歌が添えられるという習わしが背後にある。前歌が露を視覚の豊かさとして扱ったのに対し、この歌は露に心を認めており、扱いが異なる。
なさけ:思いやり。風流の心
ことのは:言葉。「葉」の音で草木にも通じる
ゆふがほ:夕方に白い花を開き、朝にはしぼむ草
- 作者
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前太政大臣
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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