いつしかと荻の葉むけの片寄りに
そそや秋とぞ風も聞こゆる
- 歌の意味
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いつのまにか、荻の葉の向きが一方に片寄って、それそれ秋だと、風までも告げるように聞こえる。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 286
詞書「百首歌に初秋の心を」
ここから荻と秋風を詠む歌が続く。荻は秋に穂を出す草で、その葉を渡る風の音が秋の訪れを告げるものとされた。巻第三の第二百七十七首
第二百七十八首でも荻が詠まれ、そこではまだ穂に出ない秋が主題であった。詞書によれば百首歌に初秋の心を詠んだ一首である。
作者の崇徳院は鳥羽天皇の第一皇子である。保元の乱に敗れて讃岐に配流された。巻第一では第七十一首、巻第二では第百三十一首に現れた。
場面は秋の初め、場所は荻の生えるところである。
直接の契機は百首歌の詠出である。
なお本文の四句は「そそや」とあり、読み仮名の行の「そらや」と一致しない。ここでは本文の表記に従い、感動を表す語と解した。
初句「いつしかと」は、いつのまにか、また早くも、の意である。気づかぬうちに季節が変わっていたことが示される。
二句「荻の葉むけの」の「葉むけ」は葉の向きをいう。風によって葉が一方を向くさまである。
三句「片寄りに」は、一方に寄って、の意である。前歌が葉の裏の返るのを徴としたのに対し、この歌は葉の向きの偏りを徴とする。二首とも、風そのものではなく葉の状態によって風を知る形である。
四句「そそや秋とぞ」の「そそや」は、それそれ、そらそら、といった意の感動を表す語である。風の音に人の言葉を聞き取る言い方であり、巻第一の第百九首、巻第三の第百九十四首でも鳥の声に同じ扱いが用いられていた。「ぞ」は係助詞である。
結句「風も聞こゆる」は「ぞ」の結びで連体形となる。「も」は、葉の様子だけでなく風の音までも、の含みである。視覚と聴覚の二つの徴が重ねられている。
いつしかと:いつのまにか。また早くも
はむけ:葉の向き
そそや:それそれ、そらそら、といった意の感動を表す語
- 作者
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崇徳院
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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