吹く風の色こそ見えね高砂の
尾の上の松に秋は来にけり
- 歌の意味
-
吹く風の色は見えないけれども、高砂の峰の松に秋は来たのだった。
- 鑑賞
-
巻第四 秋歌上 290
詞書「最勝四天王院の障子に高砂書きたるところ」
秋風の六首目である。色の見えない風によって、色の変わらない松に秋が来たと詠む。詞書の最勝四天王院は後鳥羽院が建立した御堂で、その障子に描かれた名所絵に添えて歌が詠まれた。巻第二の第百三十三首、巻第三の第百八十四首
第二百五十九首も同じ障子絵の歌である。
作者の藤原秀能は後鳥羽院に北面の武士として仕えた。承久の乱の後は出家して如願と号した。巻第一では第二十六首に現れた。
場面は秋の初め、場所は播磨国の歌枕である高砂(現在の兵庫県高砂市)である。松の名所として知られた。
直接の契機は障子絵に添える歌としての詠出である。
初句
二句「吹く風の色こそ見えね」の「こそ」は係助詞、「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形である。係り結びが結んだうえで下に続くため逆接となり、色は見えないけれども、の意になる。巻第一の第四首
第七十首でも同じ形が用いられていた。
三句
四句「高砂の尾の上の松に」で場所と対象が定まる。「尾の上」は峰、山の高いところをいい、巻第二の第百二十二首
第百二十四首でも用いられた語である。
結句「秋は来にけり」は第二百八十五首
第二百八十九首と同じ結句である。三首がこの句を共有している。
松は常緑で色を変えない木であり、風も色をもたない。色によっては知りようのない秋を、それでも来たと断じるところにこの歌の眼目があり、見えないものによって季節を示す型は巻第一の第四首
第七十首と同じである。
たかさご:播磨国の歌枕。松の名所として知られた
をのへ:峰。山の高いところ
- 作者
-
藤原秀能
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-