あはれまたいかに偲ばん袖の露
野原の風に秋は来にけり
- 歌の意味
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ああ、これからまたどのように思い忍ぶことになるだろう。袖の露よ。野原の風に、秋は来たのだった。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 294
詞書は前の歌に続き「千五百番歌合に」
露の二首目である。前歌が里の露を詠んだのに対し、この歌は袖の露、すなわち涙を詠む。原文では詞書が改めて記されていない。
作者の「右衛門督通具」は源通具である。内大臣源通親の子で、『新古今和歌集』の撰者の一人。巻第一では第四十六首、巻第二では第九十六首、巻第三では第二百三十九首に現れた。
場面は秋の初め、場所は野原である。
直接の契機は歌合への出詠である。
初句「あはれまた」の「あはれ」は感動を表す語で、ここでは詠嘆の間投詞として働く。巻第二の第百四十一首
第百五十五首でも同じ用い方がなされていた。「また」は、これからまた、の意である。
二句「いかに偲ばん」の「偲ぶ」は思い慕う、思い出す意である。秋が来たことで、これから物思いが増すという見込みが示される。
三句「袖の露」は体言止めの形で置かれ、いったん言い切られる。「露」は袖に置く涙をいう。前歌の露が草に置くものであったのに対し、こちらは人の袖に置くものであり、二首が同じ語を別の対象に用いている。
四句「野原の風に」で場面が示される。
結句「秋は来にけり」は本巻で五度目の同じ結句である。秋の到来を告げる句が繰り返し用いられ、一連としてのまとまりを作っている。
あはれ:感動を表す語。ああ
しのぶ:思い慕う。思い出す
そでのつゆ:袖に置く露。涙をいう
- 作者
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源通具
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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