- 歌の意味
-
岡の葛の葉も色づいて、今朝はなんとなく悲しい。秋の初風よ。
- 鑑賞
-
巻第四 秋歌上 296
詞書は前の歌に続き「千五百番歌合に」
露の一連を受け、葛の葉の色づきによって秋を知る歌である。原文では詞書が改めて記されていない。
作者の顕昭法師は平安時代末期から鎌倉時代初期の歌学者である。藤原顕輔の養子となり、六条藤家の歌学を継いだ。『袖中抄』などの注釈書を著した。巻第二の第百二十四首の作者である藤原顕輔は養父にあたる。
場面は秋の初めの朝、場所は岡である。
直接の契機は歌合への出詠である。
初句「水茎の」は「岡」に掛かる枕詞である。
二句「岡の葛葉も」で対象が定まる。葛は巻頭の第二百八十五首でも詠まれており、そちらは葉の裏が返ることを、この歌は葉の色づくことを徴とする。同じ草が別の変化によって秋を告げている。「も」は、葛の葉までも、の含みである。
三句「色づきて」で変化が示される。
四句「今朝うら悲し」の「うら」は心の意の接頭語で、なんとなく、の意を添える。巻頭歌の「うら吹き返す」の「うら」が葉の裏であったのに対し、ここでは心を指す。同音の別語が巻の初めと近い位置で用いられている。
結句「秋の初風」は第二百九十二首
第二百九十五首と同じ結句で、本巻でこれが三度目となる。色づきという視覚の徴と、うら悲しさという心情とが結ばれ、初秋の一連が締めくくられる。
みづくきの:「岡」に掛かる枕詞
くずは:葛の葉
うら:心の意を添える接頭語。なんとなく
- 作者
-
顕昭法師
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-