- 歌の意味
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秋とはただ、心から置く夕露であるのに、それを袖の外のものとも思っていたことだ。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 297
詞書は前の歌に続き「千五百番歌合に」
秋の露を、外の景ではなく心から生じるものと捉え直す歌である。原文では詞書が改めて記されていない。
作者の越前は後鳥羽院に仕えた女房歌人であるが、その伝は詳らかでない。巻第一では第二十四首、巻第二では第百二十七首に現れた。
場面は秋の初めの夕方、場所は特定されない。
直接の契機は歌合への出詠である。
初句「秋はただ」は、秋とはただ、の意である。秋の本質を定義する形で歌が始まる。
二句「心より置く」は、心から置く、の意である。露は草に置くものであるが、ここでは心から生じるものとされる。第二百九十三首の草の露、第二百九十四首の袖の露に続いて、露の置く場所がさらに内側へ移されている。三首で露の位置が里から袖へ、袖から心へと移動している。
三句「夕露を」で対象が定まる。
四句「袖の外とも」は、袖の外のものとも、の意である。自分の外側にあるものと思っていた、という誤りが示される。
結句「思ひけるかな」の「けり」は詠嘆で、そう思っていたのだなという気づきを表す。「かな」がさらに詠嘆を重ねる。秋の悲しみは外から来るのではなく、初めから内にあったという結論であり、初秋の一連が心の側で締めくくられている。
ゆふつゆ:夕方に置く露
ほか:外側。自分と関わりのないところ
- 作者
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越前
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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