みしぶつき植ゑし山田に引板はへて
また袖ぬらす秋は来にけり
- 歌の意味
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水渋のついた手で植えた山田に、今は引板を張り渡して、また袖を濡らす秋が来たのだった。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 301
詞書「崇徳院に百首歌たてまつりける時」
田の景を通して季節の一巡を詠む。詞書によれば崇徳院に詠進した百首歌の折の一首で、久安六年に成立した久安百首を指す。巻第一の第十三首、巻第三の第百八十五首
第二百六十四首も同じ百首の詠である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。本巻では第二百九十一首に続く二度目の登場となる。
場面は秋の初め、場所は山あいの田である。
直接の契機は百首歌の詠進である。
引板は田に張り渡した縄に板を吊るし、引いて鳴らして鳥を追う道具である。稲が実るころに用いられた。
初句「みしぶつき」の「みしぶ」は、水面に浮く赤茶けた膜をいう。田に入って苗を植えたときに手や袖に付くものである。
二句「植ゑし山田に」は、苗を植えたその山田に、の意である。「し」は過去の助動詞の連体形で、春の田植えを振り返る。
三句「引板はへて」の「はふ」は長く張り渡す意で、巻第三の第二百三十首の基俊歌でも用いられた語である。田植えの春から、鳥を追う秋へと時が移る。
四句「また袖ぬらす」の「また」は、今度もまた、の意である。春には水と泥で袖を濡らし、秋には涙で濡らすという対比が「また」の一語に収められている。
結句「秋は来にけり」は巻頭の第二百八十五首と同じ結句で、本巻では五度目となる。田の仕事という日常の営みを軸に、一年の推移が一首に収められている。
みしぶ:水面に浮く赤茶けた膜
やまだ:山あいの田
ひた:田に張り渡した縄に板を吊るし、引いて鳴らして鳥を追う道具
はふ:長く張り渡す
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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