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大空を我も眺めて彦星の
妻待つ夜さへひとりかも寝ん

歌の意味
大空を私も眺めて、彦星が妻を待つというこの夜にさえ、独りで寝ることになるのだろうか。
鑑賞
巻第四 秋歌上 313

詞書「延喜御時月次屏風に」
 ここから七夕を主題とする長い一連が始まる。この歌はその一首目で、星の逢瀬の夜に自分は独り寝であることを嘆く。詞書によれば醍醐天皇の御代の月次屏風の歌である。月次屏風は各月の行事や景物を描いた屏風で、巻第三の第二百八十三首
第二百八十四首も同じ屏風の歌である。
 作者の紀貫之は『古今和歌集』の撰者で、その仮名序を執筆した。巻第一では第十四首ほか、巻第二では第百八首ほか、巻第三では第二百八十四首に現れた。
 場面は七月七日の夜、場所は特定されない。
 直接の契機は月次屏風の歌としての詠進である。
 七夕は牽牛と織女が年に一度、天の川を渡って逢うという中国伝来の伝承に基づく行事で、七月七日に行われた。彦星は牽牛星、七夕は織女星をいう。

 初句「大空を」で場面が定まる。屏風絵の空を見上げる形である。
 二句「我も眺めて」の「も」は、星たちだけでなく私もまた、の含みである。天上の出来事を見上げる者として、自分が置かれる。
 三句「彦星の」で牽牛星が示される。
 四句「妻待つ夜さへ」の「さへ」は添加を表し、その夜にまでも、の意になる。年に一度の逢瀬の夜であるから、この夜だけは独りではないはずだ、という前提がある。
 結句「ひとりかも寝ん」の「かも」は疑問に詠嘆を含む形である。柿本人麻呂の歌とされる「あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」の結句をそのまま用いており、巻第二の巻頭第九十九首の後鳥羽院歌も同じ歌を本歌としていた。天上の逢瀬と地上の独り寝という対比によって、七夕の一連が始められている。

ひこぼし:牽牛星
たなばた:織女星。また七月七日の行事
さへ:添加を表す。〜までも
作者
紀貫之
出典
新古今和歌集
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