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年を経て住むべき宿の池水は
星合の影も面馴れやせん

歌の意味
年を経て住み続けるはずの家の池の水は、星合の影にも見馴れることであろうか。
鑑賞
巻第四 秋歌上 315

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 七夕の三首目である。池の水面に映る星の影を詠み、年を重ねればその影も見馴れるだろうかと問う。原文では詞書が改めて記されていない。
 作者の「権大納言長家」は藤原長家(一〇〇五〜一〇六四)である。藤原道長の子で、御子左家の祖にあたる。俊成
定家はその子孫である。巻第二では第百三首に現れた。
 場面は七月七日の夜、場所は作者の家の池である。
 詠まれた直接の契機は伝わらない。
 七夕には池や盥の水に星を映して見る習わしがあり、次の第三百十六首
第三百十七首もその趣向による。

 初句
二句「年を経て住むべき宿の」の「べし」は当然を表し、これから長く住むはずの家、の意になる。時間の長さが最初に置かれる。
 三句「池水は」で、星を映す水面が示される。
 四句「星合の影も」の「星合」は二つの星が逢うことをいう。「影」は光、また水に映る姿である。
 結句「面馴れやせん」の「面馴る」は見馴れる意で、「面」は顔をいうが、ここでは水の面とも響く。「や」は疑問の係助詞である。年に一度の逢瀬でも、年を重ねればこの池には見馴れた景となるだろう、という言い方であり、天上の稀な出来事を、地上の池の日常に引き寄せている。
 前の二首が天と地の隔たりを主題としたのに対し、この歌は水面という反射の場を介して両者を結んでおり、以下の数首がこの趣向を継ぐ。

ほしあひ:二つの星が逢うこと。七夕
かげ:光。また水に映る姿
おもなる:見馴れる。「面」は顔、また水の面
作者
藤原長家
出典
新古今和歌集
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