いかばかり身にしみぬらん七夕の
妻待つ宵の天の河風
- 歌の意味
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どれほど身にしみることだろう。七夕の、妻を待つ宵の、天の川を渡る風は。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 322
詞書「家に百首歌よみ侍りける時」
七夕の十首目である。星の身になって、待つ宵の風の冷たさを思いやる。詞書によれば自邸で百首歌を詠んだ折の一首である。
作者の「入道前関白太政大臣」は藤原兼実である。摂政関白
太政大臣を務め、日記『玉葉』を残した。巻第三では第二百三十一首
第二百八十首に現れた。第二百九十三首ほかの作者である良経は子にあたる。
場面は七月七日の宵、場所は天上である。
直接の契機は百首歌の詠出である。
初句「いかばかり」は、どれほど、の意で、程度を問う副詞である。巻第三の第二百二十七首の伊勢大輔歌が、雨に濡れる農夫を思いやって同じ句で始めていた。そちらが地上の人、こちらが天上の星である。
二句「身にしみぬらん」の「身にしむ」は身にこたえる、深く感じる意で、巻第三の第二百八十一首の宮内卿歌でも用いられた語である。「らん」は現在推量の助動詞である。
三句「七夕の」で対象が示される。
四句「妻待つ宵の」は第三百十三首の貫之歌の「妻待つ夜」を受ける語である。二首が同じ語を共有しながら、そちらは地上の独り寝、こちらは天上の待つ身を詠む。
結句「天の河風」は体言止めである。天の川を渡る風という言い方で、地上の川風がそのまま天へ移されている。第三百十九首が風を逢瀬の妨げとしたのに続き、この歌でも風は待つ身を苦しめるものとして現れる。
いかばかり:どれほど
みにしむ:身にこたえる。深く感じる
よひ:日が暮れて間もないころ
- 作者
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藤原兼実
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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